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コラムイメージこのコーナーでは深川七福神、深川地区にまつわる様々な事柄やエピソードなどをコラム風にまとめて行きます。
随時更新して行きますのでお楽しみにどうぞ。
ようこそ深川へ

 平成21年も元日から15日までの2週間、深川七福神がご開帳となります。新しい一年が皆さんにとって良い年でありますことを、辰巳の地よりお祈り申しあげます(^人^)。

さて、皆さんは毎年、どのような年末年始を過ごされますか? 自宅で家族水入らず、実家へ帰省、旅行を楽しまれる方、あるいは寝正月という方もいらっしゃるでしょう。それでは、今から250年ばかり前の江戸ッ子はどんな年末年始の過ごし方だったのでしょう? ちょっと覗いてみましょう(^o^)/!

 年末準備の始まりは、まず、大掃除。大きな商家などでは12月13日と定まっていたようです。掃除が終わると、奉公人は番頭さんなどを、ワッショイワッショイ、胴上げするのが習慣でした。♪狭いながらも楽しい我が家……一方、六畳一間の長屋暮らしでも、すみずみまで埃をきちんとはらって、伊勢の御師さんからいただいた新しい大神宮さまのお札をおまつりします。それから、松飾りや鏡餅などを調えて、少しずつ準備を進めていきました。
そして、いよいよ仕事納め。と、いうものはありません! 江戸のお店は、年始を除いて年中無休。奉公人は2月8日の日帰り休暇、「薮入り」以外は休みなしに働いたものです。もっとも、大工さんは雨天休業ですけどね(^_^;。
庶民、すなわち職人や個人経営のお店などは、大晦日にも営業しました。なかでも蕎麦屋は大忙し。これは、今も変わりませんね。大晦日の日が暮れれば、お正月はもうすぐそこ。江戸の街は静かに年越しを迎えます……販売業を除いては!! 米屋に酒屋、味噌、醤油。江戸時代の小売業は基本的に掛売りでした。掛売りとは、その場で現金決済をせずに後日集金するもので、その年内最終集金日が、大晦日。このような業種の店では、手代さんが深夜まで町中を駆け回って集金をしたのです。しかし、される側は「宵越しの金を持たない」江戸ッ子、その日暮らしの独り者も少なくありません。こういった者は、堂々居留守を押し通して知らんぷりを決めこむわけです。

 やがて、ごぉぉぉん……と、正子の刻(午前0時)の時の鐘、つまり除夜の鐘が聞えたら、タイムアップ! なんと、集金期限となってしまい、手代さんはうなだれながらお店へ帰るのです。居留守組は「しめしめ」と、お代を踏み倒してやっと高いびき……という寸法です。
 明けて元日。当時の習慣で、人々は夜明け前に起きだし、高台や海岸などで初日の出を見物しました。これは現代でやってみても気持ちよさそうですね(^_^)b。
そして、お日様の清々しい活力をいただいた体で、産土の神社に初詣。産土とは、自分の住んでいる土地の神社のこと。もっとも身近な場所で日々の暮らしを守ってくださる神様に、一年の無事を祈ります。それから、家に戻って静かに過ごすわけです。休日はこの日一日限り。二日からはお店も職人も平常営業となります。

 正月二日には、江戸の街に活気が戻ります。初荷の荷車が威勢良く行き交い、年始のあいさつ回りも盛んに行われます。また、道端にはこの日限りの行商、宝船売りも登場。宝船の版画を商うものですが、人々はこれを二日の夜に枕の下にひいて、初夢を楽しみに眠りにつきました。
 ちなみに、江戸の門松は長く伸びた笹竹と松の枝を使います。最近主流の、すっぱり切った竹を松と一緒に樽のように仕立てたものは、「すぱっと『切る』のは切腹につながる」として武士の街・江戸では嫌われたものです。深川界隈では、今も笹竹の門松が見られます。同じような縁起担ぎで、11日の鏡開きでも包丁などの刃物は用いず、木槌で鏡餅を割りました。


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