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福徳…有福蓄財
安置…円珠院

大黒天信仰には二つの流れがあります。一つは、大黒天を大国主命とする流れ、これは多く神社に祀られています。もう一つは、インド名をマハカーラという仏神の大黒天、これは多く寺院に祀られています。
円珠院に安置されているのは、仏神の大黒天です。インドのシバ神が、悪神を退治した神話から、仏教に取入れられ、摩訶迦羅天すなわち大黒天となり、夜叉荼吉尼衆を降伏する大日如来の化身となり、忿怒の戦闘神の姿をしていました。ところが大黒天はしだいに招福の神となり、忿怒の相が、笑顔の姿になり、台所財宝糧食をつかさどる大黒天となりました。
わが国でもっとも古い有名な大黒天は、比叡山の出世大黒といわれる三面六臂の大黒天です。正面が大黒天、右面が毘沙門天、左面が弁財天、これは大黒天が、降魔と施福の二つの面を持っているのを表したものです。その後は、大黒天は施福の一面のみが、強調され信仰されるようになりました。
大黒は大国に通じ、大国主命に結合して福神の形となり、烏帽子、狩衣をつけ、右手に小槌をかざし、左手に大きな袋をかつぎ、米俵の上に座すようになりました。小槌と袋は限りない財宝糧食を蔵していることをあらわし人々に財宝を授ける福神であります。米俵に縁のあるところから、鼠は大黒天の神使になっています。子の日、特に甲子の日は大黒天の祭日となっています。

深川神明宮

円珠院は、享保のころ旗本永見甲斐守の娘、お寄の方が起立しのち、円珠院殿妙献日寄大姉の法名で、享保十五年末(1730年)に此の寺に葬られました。
享保五年(1720年)十一月十三日画かれた大黒天の掛軸があり、木造の大黒天が安置、境内に石造の破顔大黒天が安置されています。江戸時代から、深川の大黒天として有名でした。

深川神明宮付近の旧跡

・高峰筑風の墓(円珠院)
・水場旧跡(平野1丁目海辺橋付近)
・採荼庵旧跡(平野2丁目海辺橋付近)
・橋本雅邦の墓(三好1-4 玉泉院)
・手柄岡持の墓(三好1-4 玉泉院)
・桜井雪館と雪保の墓(三好1-3 勢至院)
・霊巖名号碑(三好1-3 勢至院)
・関東大震災供養塔(平野2-4 浄心寺)
・浄心寺梵鐘(平野2-4 浄心寺)
・中村歌右衛門の碑と石灯籠(平野2-4 浄心寺)
・三沢の局の墓(平野2-4 浄心寺)
・矢部定謙の墓(平野2-4 浄心寺)
・初代清元延寿太夫の墓(平野2-4 浄心寺)
・初代坂東彦三郎の墓(平野2-4 浄心寺)
・小堀蓬雪の墓(平野2-4 浄心寺)
・狩野永徳の墓(平野2-4 浄心寺)
・明珍恒男の墓(平野2-4 浄心寺)
・洲崎遊女合葬墓(平野2-4 浄心寺)
・滝沢馬琴出生地(平野2-4 浄心寺門前)
・間宮林蔵の墓(平野2-7 本立院)

インフォメーション

円珠院
東京都江東区平野1-13-6
(地下鉄半蔵門線・大江戸線清澄白河駅A3番出口
都バス平野1丁目)
電話:03-3641-0491

円珠院地図
恵比須神弁財天福禄寿大黒天
毘沙門天布袋尊寿老神

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〒135-0033 東京都江東区深川2-16-7
心行寺中
電話03-3641-2566
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